理想は一人では追えない訪問美容を諦めたくなかった美容師が、安心の支援者を得るまで。

加藤肇 Client
加藤肇公認会計士事務所 代表/公認会計士・税理士
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阿部亮輔 Customer
hairsalon & 訪問美容 il cuoree [イルクオーレ]

人の役に立たなければ人の美しさは語れない

「いちばん仕事できなかったのが僕だったんですよ」

 中目黒でプライベートサロン『il cuoree(イルクオーレ)』を経営する美容師の阿部亮輔は、15年前の記憶をそう振り返る。当時27歳。銀座のトップサロンで腕を磨き、自分の技術には絶対の自信があった。技術さえあれば、人を幸せにできると信じていた。

だがある出来事をきっかけに、その自信はあっけなく崩れ去る。

 2011年秋、東日本大震災後の福島に赴き、ボランティアの青空美容院で被災者の髪を切った。しかし、当時の阿部は洗練された高い技術を備える一方で、目の前にいる人の気持ちに寄り添う術を知らなかった。

「カットがどうとか、デザインがどうとか。外見のことばかり考えていたんです。本当に必要なのは、沈み込んだ人の心を少しでも軽くすることだったのに……」

 首都圏の各地から集まった美容師たちの中で、客の笑顔から一番遠いところにいたのが阿部だった。そこから、自身の美容哲学は大きく変わっていった。

「ただ髪をきれいにするっていうより、人をきれいにすることが美容のあり方。それならもっと、健康や笑顔に寄り添える働き方がしたい。そもそも人の役に立ってなかったら、美しさを語っちゃいけないなと思ったんです」

 以来、阿部はサロン勤務の傍ら、身体が不自由な方や高齢者のもとへ出向く、採算度外視の訪問美容を10年以上続けてきた。

 だが阿部はやがて、会社員として利益を追求する立場と、福祉活動を両立することに限界を感じるようになる。訪問美容で初めて担当し、会うたびに「早く独立しなさい」と背中を押してくれた“恩人”が倒れたことで、「生きているうちに自分の店を持った姿を見せたい」という思いが募った。その瞬間、独立は夢ではなく約束になった。

美容は教わってきたけれど経営の役には立たなかった

 2025年10月末、阿部は中目黒に自身のサロン『il cuoree』をオープンした。従業員は雇わず、一人で運営する完全プライベート空間だ。子供連れやペット同伴も可能で、他の客の目を気にする必要はない。

「子育ての辛さもあるし、介護に疲れたという方もいらっしゃる。心身に疾患があったり、生きづらさを感じている方も多いんです。そういう方がここに来て、少しでも息をしやすくなるというなら、やっぱりそっちを取るべきだなと思うんですよね」

事業を大きくすることよりも、目の前の顧客が心身ともに安らげる居場所をつくることを優先した。

 しかし、崇高な理想だけで事業は継続できない。独立を決めた途端、それまで美容師として積み上げてきた経験が、経営者としては何の役にも立たないことを思い知った。とりわけ阿部を悩ませたのはお金の問題だった。

 十分な自己資金がないまま退職日を決め、大急ぎで物件を契約した。いざ開業準備を進めると、融資の審査などこれまで経験したことのない現実の壁が次々と立ちはだかる。経営のノウハウもなければ、専門知識を仰ぐ相談者も周囲にいなかった。だが職人気質で感性を大切にしてきた阿部にとって、資金繰りや税務といった数字の管理は未知の領域。経営を共に管理してくれる税理士探しは急務だった。

 一方で、阿部には仕事をともにする相手を選ぶ、明確な基準があった。それは福祉の現場で出会った高齢者に教えられた、「腕のいい医者より自分のことを一生懸命診てくれる優しい医者がいい」という言葉として刻まれている。だから税理士を探すときも、見るのは実績や専門性ではなかった。

「一緒に頑張りましょう」その一言で肩の力が抜けた

 阿部は独立前後の期間、実際に何人もの税理士と話をした。どの人も知識は豊富だったが、それでも「この人にお願いしたい」と思える相手には出会えなかった。そんな阿部に、信頼する美容業界の師匠が紹介したのが、公認会計士・税理士の加藤肇だった。

 阿部は事前に「とにかく会ってくれる人じゃないと嫌だ」と伝えていた。紹介者を交えたやり取りを経て、初めての面談はオンラインで行われた。その冒頭で加藤が発した言葉が、阿部の心に強く残った。

「すいません、僕、美容師さんをお受けしたことないんです。正直初めてなんです。なので一緒に頑張りましょう」

阿部は、その瞬間に肩の力が抜けた。

 士業の専門家に“教える側”という先入観を持っていた阿部にとって、その姿勢は新鮮だった。未知の領域であることを隠さず認め、同じ目線に立って緊張をほぐしてくれる。それが加藤だった。

「そういうことを素直に言ってくれる人って、あんまりいないと思うんですよね」

 初回面談で、阿部は「この人にお願いしよう」と決めたと言う。

「結局、心がないと選べないんです。気持ちがいい人じゃないと一緒にいられないから。税や会計のプロとして誰が秀でてるのか、僕にはわからない。だから、とにかく素敵な人かどうか。人を見る目には僕、すごく自信があるんです(笑)」

「この人がいるから大丈夫」だから安心して集中できる

 現在、加藤は月に2回、営業終了後の夜9時にサロンを訪れている。

「日々の安心感が本当に大きいです。加藤さんがいらっしゃるから大丈夫だなと、僕自身は美容に集中できる」

 面談では、記帳や税務の処理だけでなく、どうすれば損をしないか、事業を継続できるかといった経営の基本をわかりやすく伝えている。阿部にとって加藤は、単なる税務の代行者ではなく、独立直後の不安を解消してくれる存在だ。

 数字の話を終えた後の雑談も、阿部にとっては大切な時間になっている。2時間ほどの面談を終えると、「明日も頑張ろう。もっと稼ごう。お客さんを幸せにしよう」という前向きな気持ちになれるからだ。サロンの売上が順調に伸びていく中で、阿部は訪問美容とサロンが両立できる店舗を「もう一つ作る」という新たな目標を持てるようになった。

 開業からわずか8か月で生まれた次の構想に対し、加藤は法人化のメリットや自己資金の形成方法など、現実的な道筋を提示している。

「もし、訪問美容を仲間とやりたいなら、そこは会社にしてみる。同じ志を持つ若い人がいるなら、一緒に募ってもう1店舗を任せる。法人形態にすることや、資金を貯めていくための選択肢などをご提案したいと思っています」

 加藤はまた、阿部の活動に強く共感する。

「つい自分の思いも乗せたくなる方なので、一人の人間として応援したいんです。阿部さんの人生そのものをサポートするような、そんな仕事がしたいなと思ってます」

 当の阿部は、利益には直結しない訪問美容を続けながら、プライベートサロンで変わらず目の前の顧客に向き合っている。

「大きくすることをお客さんが求めるんだったらいいけど、それをやることで悲しむ人が一人でもいるんだとしたら、やっぱりやるべきじゃない」

 福島で見つけた美容師としての原点は、15年経ったいまも変わらない。利益よりも、目の前の一人。その理想を、理想のままで終わらせないために。阿部は今日も、静かにハサミを入れている。

取材・文/生島洋介(edited)

■プロフィール

加藤肇公認会計士事務所 代表/公認会計士・税理士

加藤肇
Hajime Kato

1979年生まれ。兵庫県出身。加藤肇公認会計士事務所代表。公認会計士・税理士。美容師や映像クリエイターなど、感性を重んじる職人気質の中小事業者を中心に顧問型で支援を行っている。単なる記帳や税務処理の代行にとどまらず、利益計画・資金計画・法人化相談・銀行融資など、経営全体に伴走。「美しく働く人を応援したい」という信念のもと、顧客の理想を現実の事業計画へと落とし込む実務的なサポートに力を注いでいる。

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